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My Collection
マイコレクションは、私がこつこつと足と時間をかけて私の眼でみて私の心に感動をあたえてくれたものを、小づかいを節約して手に入れたものです。皆様にとっては御満足いただける物ではないかもしれませんが、私にとっては思い出の一品です。

私のコレクションは高額なものは一つもありません。又、値上がりを目的とした投資のためのものでもありません。私が感銘を受け一時でも至福の時を得たものです。
皆様にそれを押しつけるつもりもありませんが、私と同じ気持ちになって良かったと思って下さるかた一人でもおられることを確認して公開するものです。コレクションの大部分は、物故作家の洋画・版画と埼玉ゆかりの作家が主なものです。


*画像をクリックすると、拡大画像がご覧になれます。
横山潤之助 「静物」
1968年作、F4号、油彩・紙
「横山潤之助作品集」(1972)掲載


菅 創吉 「出会い」
1978年作、32.2X40、油彩、キャンバス
「菅創吉画集」(1958−1981)掲載


武内鶴之助 「明神嶽の夕陽」
制作年不明、F4号、油彩、ボード
パステル画の名手といわれ、日本パステル画会の創立時の顧問である。明治41年から大正3年まで渡英している。
このボードは英国製のものであるので、帰国後に持ち帰ったボードに油彩で箱根の明神嶽を画いたものである。
額も時代を感じさせるもので、私のお気に入りである。

瑛 九 「作品」
35X25、水彩
埼玉ゆかりの画家で世界に通ずるのは瑛九がまず第一にあげられますねと言うC画廊主。東京・竹橋の国立近代美術館の図録の表紙になった瑛九の作品にも優るともおとらない作品を店頭に陳列して置きながら価格を聞いても笑顔でごまかされてしまう、勿論答えてもらっても手も足もでませんが。
「この水彩もねぇ、」 どうも売りたくもなさそうである、そこを何とか頼み込んで新幹線で運んできた思い出のあるものです。
朝・夕いつも身近にあるお気に入りの一枚です。

鬼頭 曄{あきら}「子供と食卓{仮 題}」
129X97、油彩
尾頭付きの魚が食卓にならび、女の子と男の子が手と手をとりあって喜んでいる様子なのでしょうか、あるいはまったく別のことを表現しているのかもしれませんがいずれにしても子供と魚とくれば、私の食べ盛りのことを思わずにいられません、尾頭付きの魚が日常の食事で子供にだされることはありませんでした、切り身の大小のことで取り合いをした思い出があります、まして朱塗りの食卓などはありませんでした。
高山辰雄画伯の「食べる」という代表作があります、子供が一人で小さな卓袱台に向かい無心にご飯を食べている図です、私にはこの絵とダブって見えます、幼少の頃の食にまつわる経験がどこかで絵と結びつくのでしょうか。
食べる喜び、食べられる喜び、夢にまでみた食べ物、空腹がみるみる満たされる快感など、昨今まったく希薄になっている食欲の原点を思い出させてくれます。
鬼頭 曄についてはK氏やH氏からいろいろとお聞きしたりご所蔵の作品を見せていただいてから興味を持つようになりました。I画廊で出会った作品です。

平賀 亀祐「ブルターニユ・フエニステア、ロークンナ近郊グエガラデツキ村」
52X64、油彩
「一本の釘」という本のことを具眼の士として尊敬しているМ氏からお聞きした。
明治39年{1906}少年移民として単身アメリカに渡り20年、引き続きフランスに40年という間海外で苦心惨憺して大成した画家平賀亀祐の著書である。
ワシントンにいた友人の坂井氏に送った手紙をもとに自伝のように編集したなかなか魅力的なものである、13の題目からなりそれぞれに5−10の小題がつけられ画家の歩んだ過程や時代背景・考え方などが赤裸々に書かれている。「一本の釘」という表題も画業を一生打ち続けて行くといういう画家の生き方に由来しています。
フランスのサロンの銀賞をとってから日本人として初の金賞を必ずとってみせると公言して16年もかけてその目標を達成しました、昭和30年{1955}まで約半世紀{49年}間一度も日本に帰らなかった人間の気迫にも感激しました。
そんな画家の1万点あるといわれる作品の1枚の絵です。


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